夢っていいよなぁと常々思う。

はっきりと夢、みたいなものを持ってる人ってやっぱり芯がしっかりとしているイメージがある。目標に向かってがむしゃらに一直線に努力している姿は本当に美しいものだと思う。人類が嫌いな僕でも唯一(他にもあるかもしれない)評価できる点だ。

 

だがそれが自分にはない。どうしてだろう?と何度か考えたことがある。

幼い頃から「将来の夢」というものに対して多少の苦手意識を持っていた。周りは大体スポーツ選手だとか学校の先生だとか料理人だとか書いていたように思う。当時は、他の人が出来ることが出来ないことに対する恐怖心のようなものが強く、ただただ“普通”から外れたくないと思っていた。あいにく、運動神経もなければ手先が器用でもないし音痴だし身長も小さかった(今も大して変わらないし過去形にする必要もないように思えるが)。強いて言えば秀でているものといえば学校の成績ぐらいだった。あまり記憶にはないが、おそらく自分自身でそう分析できていたのだろうと思う。小学校の成績なんて聞き分けの良さと多少の記憶力にしかよらないと思うが。だから、当時の自分は小学生の足りない頭なりに考えたのであろう、賢い人間がなるものを。その結果として1つが「総理大臣」だったのを強く覚えている。今から思い返すと、まず馬鹿か?と罵りたくなってしまう。まぁ批判は置いておくとして、これの1番問題なのは自分の“なりたい”という気持ちがさらさらなかったことだ。特になりたくはないが、何かしら書いておかねばならないため自分の現状を鑑みた結果良さげな回答をしてしまっていたのだ。これでは最初に述べたような“夢”とは到底呼べないだろう。その後も特にやりたいことは知らない、なりたいものは分からないというまま時が過ぎてしまった。

 

自分だけがこういう風に大人に近づいてしまったわけではないだろう。無気力?人間が増えているみたいな話は耳にすることがあるし、同年代の全員が全員明確な目標を持っているとは思えない(思いたくない、の方が正しいかもしれないが流石にないだろう。もし自分だけだとしたらそれは本当に首吊り案件かもしれない)。

 

やっぱり夢っていいよなぁと思う。

夢に向かって努力する人の姿は本当に素晴らしいと思う。

他人事だから良く思えるのかもしれないけれど(隣の芝生は青い的な)

それでもやっぱりキラキラ輝いているのを見たいと思う。

それでいて現実を感じさせないでいてくれるとなお良いと思う。

常に盲目でただただその輝きを目に焼き付けられるからだ。

 

 

 

やっぱり2次元アイドルコンテンツなんだなぁ。